Session 5

  梅上山光明寺住職(浄土真宗本願寺派) 石上 和敬 師(1) 11月23日 夜

一ご紹介にありましたように、葬儀の前後に我々がどのようなことをしているか、若干ご説明と実演をしたいと思います。何分にも初めてなので要領を得なくなるかもしれませんが、ご容赦いただきます。

まず、お飾りについて説明させていただきます。

正式には荘厳と言います。お燈明をあげたり、お花を飾ったりすることをお荘厳するという。お葬式に棚を作るのを祭壇といいますが、正式には荘厳棚、荘厳壇という。仏具屋さんから出た言葉かもしれませんが、よく昔から「信は荘厳から」からと言い、きちんとした荘厳を整えてから行います。


お荘厳について説明いたします。

通常は三具足といい、ろうそく、お花、香炉が三点セットです。報恩講などではろうそく、お花が一対になって五点になるので五具足といい、年に何回かありますが、普通は三具足です。一番大切なのは御本尊様をお飾りすることですが、私たちは阿弥陀如来をおかけするわけです。まず、木像(木彫りの仏像)、絵に書いた(絵像)、もう一つは南無阿弥陀仏と書いた名号をお飾りする、という三通りあります。名号をお参りするのが最も本来的ですが、長い年月の間にお像か絵像を置くことが多くなっています。木像、絵像については我々は方便法身といいます。本来の仏様は「色もなく、形もましまさず、言葉も絶えたり」と具体的に表現できるものではないのですが、我々に判り易い形として、仮にこういうお姿をとってくださっているという位置づけを真宗ではしています。これは打敷といって掛けて使用いたします。


私の衣装についてご説明します。

下に着ております紫のものを色衣、黒衣、白いお袈裟を五條袈裟、五條は大きさの単位で、これより大きな七條袈裟というのもあります。袈裟というのは本来はインドのサンスクリット語のカシャーエからきています。茶色、くすんだ色で、それを取り入れて袈裟といっています。粗末なボロ布を縫いあわせて着たものが袈裟の本来の意味であり、日本に入ってきて、段々きれいになってきました。本来の袈裟の意味から離れてきてしまっています。必ず左肩にかけています。七條袈裟などは大きく、複雑になっていますが、基本は左からということです。これはインドの習慣からで、仏様など尊い方に敬意を表して、右を露にし、左を隠すという習慣から来ています。インド人は食べるのは右で、左は不浄の手といって隠します。役割をわけているわけです。仏様の周りをぐるぐる回る作法がありますが、これも時計回りです。右側が仏様の方を向いていて、左側は外側になり、仏様から遠い…仏教というかインドの考え方からきています。


お数珠の玉は一〇八です。一〇八の煩悩を現わしています。

これは中啓といいますが、意味はよく判りませんが、お経本など大事なものは畳の上に直に置かないなど、大事なものをこれを拡げてこの上に置きます。


これが本山から出ている「葬儀規範集」というものですが、一つの参考に出されています。聖公会の祈祷書を拝見すると病気の方のお見舞から始まっていますが、これは臨床勤行から始まって、いわゆる枕経からです。お勤めといっていますが、正式にはお経をあげることを勤行といいます。

  • 臨床勤行、枕経―――は正式には亡くなる前に阿弥陀様のご来迎をむかえるためのものですが、現在では亡くなられたすぐ後伺って、お参りし、枕元であげるものです。昔は夜中に亡くなられたら、夜中に伺って、あげたものですが、最近は葬儀まで数日間が空くような時にはお伺いすることもあるのですが、枕経をあげないこともある。

  • 納棺勤行―――文字通り納棺の時にあげるお経ですが、ご自宅で納棺され、お寺など斎場に向かう時にはしないことも多いです。納棺に立ち会うことも少なくなっています。

  • 通夜勤行―――お通夜でありますが、本来は短く、ごく親しい方々だけの儀式だったのですが、最近はお通夜の方が盛大になっています。

  • 出棺勤行―――昔は自宅から出るときに仏壇の前で行ったものです。

  • 葬場勤行―――山の中などの焼場にいって行うのが本来ですが、最近は出棺勤行とセットにして行われるものです。途中で一度切れて、二つのものが一つにされています。葬場勤行は基本的には本来は立って行われます。

  • 火屋勤行―――現在は火葬場に行って、荼毘に付すときに行います。

  • 収骨勤行―――お骨を拾うときに行います。

  • 還骨勤行―――お骨が家に帰って来たときに行います。現在では繰上げ初七日と一緒になっています。

  • 滿中陰―――四十九日の法要、インド人の輪回の考え方からきています。人間としての生が終わって、次の何かに生まれ変わるまで四十九日かかるという、中陰が終わるという考え方です。浄土真宗では中陰の意味が少し異なりますが、この時に納骨されることが多いです。

全体といたしまして、お参りする時の心得は、ご遺体があったり、お骨があったり、お位牌があったりしても、大事なことは御本尊の阿弥陀様がお参りの対象であるということです。真宗ではご遺体だけ、お骨だけに対してお参りすることはしません。お墓などにも南無阿弥陀仏と刻むことが多いです。これも一つの特徴かと思います。


正信偈を少し唱えてみましょう。
通夜の時も、御葬儀の時も使います。かなり長くて三〇分前後かかります。間に本日は誰々さんの葬儀だという和語調のものが入り、終わりに賛仏歌を歌うことにしています。住職によってはテープを流す方も多いです。「恩徳讃」は高低があって歌いにくい歌ですが、お通夜などではもの悲しい曲です。「み仏にいだかれて」は御葬儀などで使います。このどちらかを一緒に歌って終わることになっています。
法話はご法事ではいたしますが、私は通夜、葬儀ではしないことにしています。仏教ではお経がメインですので人の出入りの多い時には敢えてしません。還骨の時とか、枕経でご遺族だけの時にいたします。


通夜の意義につて

「葬儀の前夜に近親者や友人、知人など苦楽を共にした人々が仏前にあい集い、故人を追憶して仏恩報謝の念を深め、法義相続の場とする」―――仏様(阿弥陀様)の恩に感謝し、仏様の教えが続いていく場とします。
故人を偲びつつ、あくまでも仏様へのお礼をし、これを縁として信心を深めるという二つの意味を一つにしています。これは荘厳の真中にご本尊をお飾りすることにも表れていますが、亡くなった方を偲んだり、追憶することと、ご本尊様に感謝の気持ちを捧げて、教えを受けることのどちらにウエイトを置くかというところに非常に悩みというか難しいところがあります。ご遺族の方にとってみれば、亡くなられた方を偲ぶ気持ちが圧倒的に強いわけですが、その気持ちを軽んじ、踏みにじってはいけないと思う反面、それだけでは仏教の儀式として意味がない――。亡くなった方をどのように受け止めていったら良いかをしっかり納得できてこそ、本当の意味で偲んで行くことになるという宗教的な意義に繋げていくことを目指したいのです。長い目でみれば二つのことが一つになることが判って頂けると思うのですが、亡くなった直後にはご遺族に対しては難しいと思っています。


法話について

私は通夜、葬儀のときはしませんが、還骨勤行、初七日に、その場の雰囲気とかお家にふさわしい話をしますが、必ずお話しすることは東本願寺の方が作った言葉ですが、「身内の方や親しい方の死に会うことは悲しいことである。しかしながら、その死に出会うことから、何ことをも私たちが学ぶことがないなら、もっと悲しいことである。」というものがあります。お別れということが辛い、悲しいということだけで終わってしまっては、亡くなられた方に申し訳ないのではないか―「こういうことに気がつきなさいよ」ということを言ってくださっているのではないか…。一つでも二つでも味わって最期のお別れをしたらいかがでしょうか。何を学ぶかはそれぞれ皆様のご事情によるでしょうが、後で振り返ったら、あの時からこんな風に考えられるようになったというように、学びの一つとして仏教の教えをより深く味わって頂きたいと思います。


四十九日法要

少し気持ちも落ち着いてきますので、亡くなった方をどのように受け止め、考えたらよいかをお話します。我々の教えでは、亡くなられた方を「仏様」として考え、受け止めると昔から教えられているわけです。これはどういう意味か――。亡くなられた方が「仏様」として、残された我々に『良かれかし』として願っていると、亡くなられた方のお気持ちを受け取っていくことではないかと考えられます。この『良かれかし』が、ただ健康でいるとか、仕事がうまく行くということだけではないだろうと思います。仏様の願い、教えに目覚め、味わって行くことも願っていられるのではないか、と。

亡くなった方が、どうなるこうなるということは言葉の表現としてはあっても、基本的にはどう受け止めるかということが大前提であります。それが唯識ということでありまして、われわれが如何に受け止め、考えていくかということが大切なことであります。


御文章

お文ともいい、本願寺第八代蓮如上人が各地の門徒に宛て書かれた手紙が沢山残っております。これを一通選んでお唱えします。初七日の時にはその中の「白骨の章」を、読む時にはご本尊に向かってではなく皆さんに向かって読み、最後に、あなかしこ、あなかしこで終わります。

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