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日本社会の「今」 Page8
 こういう図を作ってみました。
日本列島の上にコンテナが10個積んであると思って下さい。
この色で塗ってあるコンテナ10個、この10個が一年間に日本に持ち込まれる物資の総量です。
その1個のコンテナが7500万トン入りですね。これが10個一年間に日本に入ってくる。
そのうち日本から出ていくのは、1、3個分、10個入って1、3個しか出ていかない。あとの 8、7個というのは日本の中に残っちゃうんですね。どう考えたって日本列島ゴミ問題で困るというのは当たり前ですね、これだけ持ち込んじ ゃうんですから。

 しかしゴミ問題以前にですね、これだけ品物が入って、いろんな物が来ちゃったら、ただで持ってくるわけではないんですから、お金を払って持ってくるわけなんですから、これであったらお金がなくなっちゃうのが当たり前なんですね。こちらがスッカラカンにお金がなくなっちゃうはずなんです。
だけどもこの図の資料をとった九五年は、この貿易黒字が12〜3兆円になっているわけです。

 つまりこれだけ物が入ってきてしまっているのに、お金もガボガボこっちに貯まっちゃうのは、いったい何なんだろうということです。これは素人だからこういう事が言えるんです。経済学者はもっとすっきりしているんですよ。説明聞きますとね。それは付加価値の低い第一次産品を輸入して、付加価値の高い、第二次、三次産品を輸出するんだから、つまり米が200トン入ってくると200トンだけど、車が一台出ていくと1トンもないわけでしょ。
米200トンと車一台、変動があるかも知れないですけれども、大まかに言 ってそれ位の値段になるそうです。ですからそれは当たり前なんですよ、こっちの方がそれだけの高い実力を持っているんだからと、こういう風におっしゃるんです。

 でも私は、ここのところでは素人の感覚をとても大事にしたいと思います。
どう考えても、こんなに物が入って来ちゃっておいてこれしか出ていかないのに、こっちにお金が残っちゃうというのは、どこかがおかしいのではないか。

 それはこういう事だと思いますね。
私はフィリピンの山の中を一生懸命歩きました。
神学校の教室に行っている時間よりも外を歩いた時間の方が多かったと思います。
すると2〜3人で抱えるような、大きな、本当に天を突くようなラワンの大木があるわけですよ。
これだけの大きな大木になるまでに、何百年かにわたってこの大木に注いだ南国の太陽のエネルギー、雨がずっと降って、そうして濡らしたという雨の力、そして5センチ積もる のに500年かかるというそのまわりの腐葉土、木の葉が落ちて積もっていく、そういう「時間」というものをいくらに換算するか。値段が付かないです。

 このラワンの木を機械でビューッと切り、バサーッと倒して、パッパッパッと刻んで、ドーッと運び出して、そうして日本に持ってきて、板にしてコンパネルにして、バーッと使ってしまう、あるいは紙にして使ってしまう。その時の、一本の木の値段というのは、伐採権と、道路を造る費用と、機械を使う費用と、あとは人間、ものすごい安い賃金で使う地元の人間の労働と、あと船で運ぶ運賃。
この木の上に注いだ太陽の恵みなんていうのは、全然値段に入ってこないわけです。
力関係で決まるわけですよ。

 あのマルコス政権が、アメリカの力に支配されたために、アメリカの言うとおりになる支配で地主達も、そのまわりに集まっていた方が得だから、そういうことで名目上、自分が地主になっている山の木を切る伐採権というのは安くたって、ふところには、ガブガブいくらだって贅沢ができるだけのお金が入ってくるわけですから、バサーッと木を切ってしまう。あとが砂漠になったって裸になったって、そんな事は知らないわけですよ、お金が入っちゃえば。あと、この貯まったお金は別の所へ、今度は石油に投資しようとかね、今度は銅の方へ投資しようとかすればいい。
つまりそういう自然資源というのは本来値段の付かないもので、それに値段を付けてしまうというのは、力関係によります。
だから、これだけ持ってきても、こっちがもうかっちゃう事であるわけですよね。
米200トンが あると、相当長い間食いつなげますけれども、ガソリンがない車なんか、いくら置いておいたって寝床にもなりませんよ。
そういう物の価値のはかり方というのが違うと思うんですよね。

 ですからどう見てもこれはやはり不条理、不正義がここにあります。
結果的に何が起こるかと言うと、あの資源の豊かなフィリピンで人々が餓える。
魚が涌くほど獲れた海で魚が一匹も獲れなくなっちゃう、何故かといったら、日本の漁業が行ってトロールで、村井吉敬さんの言葉を借りれば、海の底がアスファルト道路みたいにツルツルになっちゃうやり方で、そこで魚が一匹も獲れない。
来年はその沖の方でやって、その翌年はだんだん沖に行く。
この海で小さな船で漁をする漁民は、最初はここの辺でいくらでも獲れたのに一匹もいない。
トロールやった先、先へ先へと出ていって、そして小さな船で沖まで無理して出るものだから漁民の遭難が多くなる。
そういう話を向こうで聞いてきたんですよ。

 横浜に帰ってきてカラバオの会で活動を始めた、その年、1987年の7月ですよ。
6月から始めて7月ですよ。
フィリピン大使館から、実はルソン島の漁民が遭難して36時間漂流して奇跡的に船に見つけられて、救い出されて、その船が日本へ来る船だったものですから日本へ来てしまった。
送り出すまで10日ほど横浜にいなければならないので、カラバオの会でちょっと面倒を見てくれないかということで、2人の漁民を10日間お世話したんですけれども、北部ルソン島沖の南シナ海の方ですけれども、10マイル沖に漁に出たということです。
台風が来ているのを知らなかった。
それで台風にあって船がバラバラになってしまって竹のステイに掴まって36時間漂流した。

 これは決して話としてではなくて、現実、そういう事が起こっている。
そうやって獲れた魚が80%日本に来ちゃう。獲ろうにも海に魚がいなくなってしまう。

 海に魚がいなくなると、また日本の援助で今度は陸で魚を獲る。
それは海岸沿いの所を、砂浜を掘って養魚池を作るわけですね。
そうすると、地主にとってはタンボなんか作っている、あるいはココヤシなんか生やしておくよりはずっと収益が高いわけです。
わずかの労力で、抗生物質をぶち込んで、飼料をバンバンぶち込んで、いかにして早く有効な飼料の使い方、つまり、早く魚を大きくするかという研究所を作るのに、日本のJICA(日本国際協力事業団)のお金が行っているわけです。
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